【風雪一過考察】ブランテイル家について(アークナイツ)
ブラウンテイル家は、イェラグ領地を統治する勢力の一つであり、西部の林地と湖区の一部を領土とする。イベント『風雪一過』時点で権謀術数に長けるラタトスを当主としており、当主の妹であるスキウースとその夫ユカタンが補佐についている。
ブラウンテイル家の歴史
次にイェラガンドは、己の毛皮を剥ぎ、ブラウンテイル家にお与えになった。土地には木々が生い茂り、獣たちが住みつき、イェラグ人が寒さに凍えることはなくなった。
風雪一過 BI-ST-3 幕間 敗着の一手
ブラウンテイル家は古くよりイェラガンドを信仰する一家として、イェラグの民を率いてきた。イェラグの外交を担うシルバーアッシュ家や、肥えた土地と屈強な戦士たちを誇るペイルロッシュ家と異なり、林地を治めるブラウンテイル家には獣が捕れる他に大きな特徴が無く、常に他の二家の様子を伺いながらその立ち位置を死守してきた。
将兵を有するという役割から保守的な考えを持つペイルロッシュ家と、海外への見聞を広げる先進的な知見を持つシルバーアッシュ家。その狭間に位置するブラウンテイル家は、緩衝役となり得るその立ち位置もあってか、元来シルバーアッシュ家との関係も悪いものでは無かった。
しかし、現当主同士の仲が陰険となったのは、ラタトスの祖父である元ブラウンテイル家当主ルカが、先代シルバーアッシュ家当主オラファーとその妻エリザベスの暗殺計画を立てたことに起因する。営利主義者と呼ばれるルカはブラウンテイル家をイェラグ最大の一族にしようとすることを画策し、常に他の二家を圧倒することに力を注いできた。
ルカがオラファーが進めようとした工業化に反対したのも、シルバーアッシュ家がその利益を享受して更に力をつけることを危惧したからではないかと考えられる。
ルカは、先代シルバーアッシュ当主夫妻を亡きものとするため、罠を仕掛けた自らの邸宅に二人を呼び出すが、道中で想定外の列車事故が発生し、図らずしてその目的は達成されることとなる。
ラタトスのモチーフと役割
イェラグ関連の単語には、ネパール由来やスイス、北欧文化に因んだ単語が使用されているが、ラタトスという名前もまた、北欧神話に似た名前が見られる。ラタトスク(Ratatoskr)とは、北欧神話において世界樹ユグドラシルに住んでいるリスをの名前であり、ユグドラシルの梢に住むフレースヴェルグ(鷲)と、根元に住んでいるニーズヘッグ(竜)の間で交わされる会話を中継し、この2匹の喧嘩を煽り立てる。
前段の通り、ブラウンテイル家は他二家の狭間で揺れ動く側面があり、北欧神話におけるエピソードからも、ラタトスは狡猾に他者を欺き、自らの利を最大化する人物であるようにも捉えられる。
しかし、イギリスの民族学者Hilda Ellis Davidson氏によると、リスが世界樹をかじることによって、絶えず破壊と再生のサイクルが繰り返され、世界樹は常に変化する存在であることを象徴しているという。つまり、ラタトスクは世界樹の変化を促進させる役割を持つと言える。
ラタトスは、ヴィクトリアから帰還したばかりのエンシオディスの話に耳を傾け、国の門戸を開け放つことによってビジネスの機会が産まれることを理解し、アークトスと大長老を説得した。ラタトスが協力したことで、保守的であるペイルロッシュ家や蔓珠院の考えるに至ったと推測される。
外界への門戸を開け放つことはイェラグにおける新陳代謝を高めることとなり、イェラグ民の利便性を阻む既得権益の淘汰(破壊)と、新たな文明的生活スタイルの確立(再生)に繋がると言えようか。
北欧神話の話に戻すと、Richard W. Thorington Jr.氏と Katie Ferrell氏の理論では、ラタトスクの役割が「キタリス (Sciurus vulgaris) が危険に反応して叱咤する警報音を出す習性に由来している」と説明している。
ここから類推するなれば、ラタトスがイェラグで果たすもう一つの役割は急激な変化に対して警鐘を鳴らすことか。それは、急進派から保守派へと転身した行動に表れている。
価値観の違い
もしラタトスが、私と共にヴィクトリアへ留学に行っていたなら、私にも勝るとも劣らない実力を身につけていたかもしれない
BI-6 岐路 戦闘前
ラタトスと、エンシオディスやノーシスとを区分する最も大きな価値観の違いはヴィクトリアへの留学経験の有無にある。
諸外国との貿易が始まって以降、エンシオディスの成すことに興味を持ったラタトスは独学で経済学を学ぶ。座学といえども、税率を下げる意味、外国資本を受け入れるための貿易協定、優遇措置…決して理解することが容易とは言えない道の分野に臆することなく向き合い続けたラタトスは、やがてエンシオディスがイェラグを自らのもの、或いは他の誰かのものにすることが目的ではないかと恐怖する。
ラタトスが懸念した事柄は、経済学の観点から決して誤りであるとは言えない。現実世界において経済特区と呼ばれる地域では様々な優遇措置が設けられ、経済発展するメリットがある反面、急速なグローバリズムと資本主義化が進行する。
数年前、著名なフランスの経済学者トマ・ピケティ氏が「21世紀の資本論」にて、最も恵まれているアメリカ上位1%所得者が全所得の何%を占めるかデータ化し右肩上がりである(=所得格差が広がる)ことを示し、大きな社会的反響を呼んだことは比較的記憶に新しい。
また、経済特区においては門戸を開いた地域とその他の地域で経済格差が広がり、国としての軋轢が生まれ深刻な社会問題を生み出すケースも珍しくない。歴史を振り返ってみると、欧米列強の手を借りて近代化を推し進めた結果、植民地支配が進行したという事例も挙げられる。
経済学を学んだラタトスは、イェラグにおいてシルバーアッシュ家に富が集中すること、そして海外勢力からの支援を受けて国を蝕む可能性があることを恐れ、保守派であるペイルロッシュ家や蔓珠院側の立場につくことを決めた。
その胸中を嘘偽りなく顕にしたラタトスに対しエンシオディスは、イェラグは独自の技術力を有していないと前置きし、短期間で産業基盤を築き上げるためには、権利を餌に諸外国の技術を取り入れるしかなかったと説明した。
外国へ見聞を広げたエンシオディスの目に映ったのは、近代産業に根ざした国力や軍隊を有するテラ国家群であり、いずれイェラグに襲い来るであろう「外圧」の予感を彼は察知する。
ヴィクトリア、ミノス、クルビア、カジミエーシュ……
風雪一過 BI-1 戦闘前 三家会議
それらの国々がこのイェラグに手を伸ばさない理由はただ一つ──今のところその必要がないというだけだ。
はるか昔、「移動都市」という概念が存在せず、国家間の交流が為されていなかった時代には、文明や技術の発展度合いについて互いに知る由もなかった。しかし、数十年の間に技術は急速に発達。かつて栄華を誇っていたガリアが瞬く間に滅亡したように、経済発展や軍事技術の進歩が加速化した世界の下において他国との関わり合いは不可避なものであり、自国のみを顧みる時代は終わりを告げる。
鎖国状態にあった日本が黒船の来襲によって近代化を迫られた際、江戸幕府が大政奉還を行い、明治政府が富国強兵を進めたように、イェラグも三家が主権奉還を行うことによって千年来の歴史に終止符を打ち、主神イェラガンドの下でイェラグ民として団結する未来が描くことを旨とした。
しかしエンシオディスは、保守の権化とも言える蔓珠院が返還された権力を恣にすることを良しとせず、経済システムによって従業員の行動を統制しようと画策する。
ヴィクトリアへの留学を通じて世界を知ったエンシオディスは、北はカジミエーシュ、西はクルビア、東はヴィクトリアという列強に囲まれたイェラグの地政学的リスクを俯瞰する。天然要塞で固められたイェラグは、一度制圧さえ実現できれば強固な防衛拠点を築くことができ、他国への足がかりとするにはあまりに魅力的な国であるとも言える。
エンシオディスはガリアの二の舞いを防ぐためにも、イェラグ独自の技術を築き上げることで経済を強化し、列強と交渉するだけの国力をつけることを最優先に行動した。
しかし、良くも悪くも外国からの脅威に脅かされてこなかったイェラグにおけるパラダイムシフトは容易いことではなく、地政学という学問分野を学習する機会に恵まれなかったラタトスにそのような視座は知る由もなかった。
孤独と恐怖
親愛なる妹よ、あんたは私の持つすべて──権力、地位、財産を羨ましく思っているんだろう。
風雪一過 BI-6 戦闘後 岐路
だけどあんたは知らないだろうね……私もあんたの持つすべて──愛する夫、自由、未来が羨ましいんだ。
ブラウンテイル家の長女として生まれたラタトスは、常に当主として上手く立ち回ることを要求された。権力者の婚姻は政治的な意味合いを持つことを踏まえると、自由恋愛による結婚は難しいと推察され、海外に留学しようものなら保守派からの非難を浴びかねない。挙げ句、祖父からはブラウンテイル家の権益を最大化する未来ばかり常に聞かされる…語られたラタトスの心情からは、そんな事情が見え隠れする。
当主たる振る舞いを難なくこなし、それでいて祖父の言葉に縛られずあくまでイェラグ民全体の未来を思い描いた点で、ラタトスの能力と誇りの高さが伺い知れるが、それは皮肉にも当主としての立場をより強固なものとし、彼女を取り巻く環境は”自由”という言葉からより遠ざかっていった。
そんなラタトスを間近で見てきたユカタンは、義姉のことを次のように表現する。
お義姉様──ラタトス姉さんはずっと、イェラグに対して自分の理想を持っていた。人々の歩みを進め、良い生活を送れるようにすることを望んでいたんだ。ただ、それを実現する力がなかった。だから、あの人は、あなた方の言うところの「狡猾なラタトス」になるしかなかったんだ。
風雪一過 BI-8 戦闘後 チェックメイト
外界との交流が乏しいイェラグにおいて、政治を左右する要素は専ら三家間の関係性や蔓珠院に起因するだろう。しかし、エンシオディスがヴィクトリア留学を経て持ち帰った視点と、実行に施策の数々は政治的判断を複雑化させる。
テラ国家のパワーバランスを十分に学ぶ機会が与えられなかったラタトスの目に映ったのは、イェラグの権利を国外勢力に売り渡すエンシオディスの姿であり、彼女はその光景に恐怖した。本来思想を共にできたはずの彼女は、エンシオディスがどこか遠い、理解できない恐ろしい存在に見えてしまう。
優しく大人びており、歯を食いしばり全てに耐えていたシルバーアッシュ少年は、帰国時には別人の様に変わっていたという。
シルバーアッシュ第三資料
すべてが良い方向へ発展しているように見えた。
用心深く、常に疑うことがイェラグにおける生存政略であるブラウンテイル家当主は、腹心が他家に通じている可能性や直情的な妹に相談することもできず、目の前に広がる選択肢の中から、保守派と組むことを選択する。
孤独に悩み続けた彼女がようやく本音で話すことができたのは、死を覚悟した瞬間だった。
お願いだ、エンシオディス……ここで死んでくれ。私が付き合うからさ。
風雪一過 BI-6 戦闘後 岐路
淡々と状況を説明していたラタトスの口調は次第に感情を帯び始める。「嬉しかった」という言葉が吐き出された直後、ラタトスが本音で話していることを察したエンシオディスもまた、自らが彼女について思い違いをしていたことに気づき、真剣に耳を傾け、自らの考えるイェラグの未来を包み隠すことなく語りかける。
ラタトスがその考えをどこまで理解できたのかは定かでないが、少なからず自らと向き合ってくれたことは察したのか、迫りくる炎によって酸素を奪われ意識が朦朧とする中、走馬灯のように過去の記憶が彼女の脳内に過った。
「おぼろげな意識の中、幼い頃に妹と共に、ある男の子と遊んだ時の光景が浮かんだ。」
風雪一過 BI-6 戦闘後 岐路
数多の選択肢に摩耗し、擦り切れ、疲れ果てたラタトスは記憶の中にいる、昔遊んだ少年と共に死ぬことを選ぶ。
幸か不幸か、彼女の願いが叶うことは無かった。
当主としての器
物語の終盤、疲れ果てて行動することが叶わなくなった当主ラタトスに代わり、ブラウンテイル家当主としての頭角を現したのは妹のスキウースだった。
自らの思うまま真っ直ぐに、猪突猛進に突き進むスキウースは、熟考した末に判断を下す姉とは対照的な性格。当主の立ち位置を虎視眈々と狙う野心家のように見える彼女は、良くも悪くも素直な性格であり、従来のブラウンテイル家当主に求められてきた腹芸のような、対峙する相手との腹の読み合いに必要な能力は持ち合わせていない。
どうにかして状況を打開したいあまりにスキウースは行動を起こすものの、どこか空回り、最終的には信頼していたはずの部下メンヒの裏切りを見抜くことができかったことがブラウンテイル家の没落を招くこととなる。
ノーシスからの指示に従い神聖な狩りの場でエンシオディスを襲撃したメンヒは自らが仕える主人の名こそ口にしなかったものの、動揺を隠そうともしなかったスキウースが衆前でメンヒの名を呼んだことが決定打となり、ブラウンテイル家がカランド伝統に仇なす存在であるかのような誤解を生み出してしまう。
一見すると、実力に不釣り合いな承認欲求を抱えたスキウースがブラウンテイル家を貶めたように思えるが、その根底には信頼する者に対する深い情が存在し、彼女が、大切に想う人々へと向けた献身の種は、それぞれの内側でゆっくりと芽吹いていく。
その一粒は、かつての部下の中に。
計画の全容を知らされていなかったメンヒは、ブラウンテイル家を貶めること自体を目的としていた訳ではなかった。襲撃時、エンシオディスから飼い主を問われた際、メンヒはブラウンテイル家の名を口にすることを逡巡する。
メンヒ、メンヒ!
風雪一過 BI-5 戦闘後 狩場
どこに行ってたのよ! 新しい計画案を作ったの。早く見て! 次はきっとラタトスに目にもの見せてやるんだから!
メンヒ、やっぱり頼れるのはあなただけよ。あいつら陰で私をバカにしてんのよ。ふんっ! あたしが知らないとでも思ってんのかしら……
ねぇメンヒ……あたし、本当にブラウンテイル家のために何かできるのかしら? きっとできる、そうよね? ……うん! あなたは嘘なんて言わないもの!
メンヒ……!
メンヒは自らの命を顧みないほどにノーシスのことを信頼していたが、裏切ってしまった自らの主人スキウースへ思いを馳せ、最終的にノーシスのもとから去ることを決める。
その一粒は、実の姉の中に。
ノーシスとエンシオディスの策に嵌められ、挙げ句自らの部下にも裏切られ、何を信じるべきか逐一判断しなくてはならない状況に疲れ果てたラタトスは、自身が起こした面倒は自身でケリをつけると息巻く妹が、昔から変わらないことに安堵する。
お姉様、お姉様! おじい様はどうしてまたお姉様を叱ったの? お姉様はこんなに頑張ってるのに!
風雪一過 BI-6 戦闘前 岐路
お姉様は当主にならなきゃいけないから、それでたくさん叱られるの……?
な、ならあたしが当主になる! それからお姉様を叱らないでっておじい様にお願いするの。あたしが当主になるから、叱るならあたしを叱ってって!
えへへっ、大丈夫だよ、心配しないで。あたしにはユカタンもいるんだから。大人になってもずっと一緒って約束したから、何かあったらきっと助けてくれるわ。ユカタンは頭もすっごくいいの!
それに……それに、お姉様は叱られても、全然泣かないでしょ?
でもね、お姉様が泣かなくても、あたしはなんだかすごく悲しくなるの……
ラタトスは、昔から変わらず慕ってくれる妹へ、ブラウンテイル家を妹へ任すことを決意する。
平時のイェラグにおいてはラタトスのように権謀術数に長け、様々な変数を熟考した末に結論を出すラタトスのような指導者の方が上手く立ち回ることができる。しかし乱世、つまり政変によって常に状況が変化し、判断する変数が幾重にも連なる複雑な状況下において、直感で決断を下すことのできるスキウースのような人間が民衆を率いる方が、人心がついてくると言える。
スキウースは決して完璧な立ち振舞をできるタイプではない。しかし、その情の深さと信念、そしてスキウース自身が不器用だからこそ、支えなければならないという気持ちを周囲は募らせ、結果的に持ちうる最大限の能力をスキウースのために発揮しようと団結することができる。
スキウースが蒔いた献身の種の一粒は、既に大きな花を開いていた。
命を顧みずに自身を助けにきたスキウースに驚くユカタンだが、やがて直ぐに自身が仮に逆の立場であったとしても同じ行動を取るだろうと結論づける。
いい!? あなたがあたしのために危険を顧みないというのなら、あたしだって同じなのよ。
風雪一過 BI-8 戦闘後 チェックメイト
わかった? 二度と忘れちゃダメよ!
……あたしを一人で置いていくなんて許さないんだから。
(中略)
でもあなたがいれば大丈夫! でしょ、ユカタン?
こうして、ラタトス独りで為してきたことを、スキウースは周囲の手を借りながら、自らの使命として受け入れていく。
ブラウンテイル家のその後
ラタトスは歴史ある名家の十字架を背負い、自由に遊ぶことさえ叶わなかった。もしかすると、シルバーアッシュ家のように、彼女を縛る後ろ盾がなかったらヴィクトリアへ留学することもできたかもしれない。
そんな不自由さに縛られていた彼女の状況を一変させたのは、エンシオディスとドクターの二人だった。
エンシオディスは、イェラグの民を想うラタトスに対する評価を改め、彼女の命を助けた。その後、シルバーアッシュ家への称賛する領民たちに「完敗だ」と生きる気力を失い始めるラタトスの目の前に現れたのはドクターから命令を受けたSharp。
ドクターの打ち手は、自らの手を明かしながら従うか否かは自由意志に委ねるというエンシオディスと非常に似通った手法に、ラタトスは戸惑う。姉が戸惑う最中でスキウースは行動を決め、ブラウンテイル家の当主らしい振る舞いを演じたことで、ラタトスには「ブラウンテイル家の当主」を降りるという選択肢が生まれた。
ブラウンテイル家を巡るその後の展開は、後に実装されるラテラーノイベント、そしてオムニバスストーリーで語られる。